飲食店のキモは持ち帰れる記憶


oct.2nd fri. 2026

飲食店ビジネスのカラクリと「持ち帰れる記憶」の話。
原価率、演出、そして言葉というお土産だ。

「ラーメン店」倒産、減少から一転 再び増加、過去最多ペース 多店舗展開で苦戦目立つ「ラーメン店」倒産、減少から一転 再び増加、過去最多ペース 多店舗展開で苦戦目立つ

ラーメンやパスタ、スペイン料理の現場で数字やサービスを回してきた立場からすると、今の外食業界で騒がれている「原価高騰」や「値上げ」のニュースにはちょっと違った見え方がある。

 

外食ビジネスのセオリーで言えば、原価率は30〜35%以内に抑えるのが鉄則だ。だからこそ、小麦粉という原価率を20%台にコントロールしやすい「粉もの」ベースのラーメンやイタリアンは、他のジャンルから見たら喉から手が出るほど羨ましいビジネスモデルに見える。

ラーメンやパスタ、スペイン料理の現場で数字やサービスを回してきた立場からすると、今の外食業界で騒がれている「原価高騰」や「値上げ」のニュースにはちょっと違った見え方がある。

外食ビジネスのセオリーで言えば、原価率は30〜35%以内に抑えるのが鉄則だ。だからこそ、小麦粉という原価率を20%台にコントロールしやすい「粉もの」ベースのラーメンやイタリアンは、他のジャンルから見たら喉から手が出るほど羨ましいビジネスモデルに見える。

かつてスペインレストランのコスタブランカをマネージメントしていた頃なんて、タパスのオリーブオイル、生ハム、魚介、ワインと輸入食材や生鮮品ばかりで、油断すればすぐに35%オーバー。メニューごとの原価率のメリハリにどれだけ神経を使ったか分からない。

参考記事:80年代のスペイン料理店|人を惹きつけるコンセプト

だが、今のラーメン業界の混迷を見ていて思うのは、問題の本質は単なる「原価」ではなく「客側の支払許容額(プライスキャップ)を超えた価格設定」という反動だ。

パスタには2,000円払えるのに、なぜラーメンの1,500円は高く感じるのか?

スパゲッティやパスタなら、おしゃれなイタリアンで2,000円前後出しても「まあそんなもんか」と納得するのが日本人だ。しかし、同じ小麦粉の麺類であるラーメンが1,500円を超えると、途端に「高すぎる」と拒絶反応が出る。

仕込みの手間や出汁(スープ)にかける時間で言えば、圧倒的にラーメンや沖縄そばの方が狂気じみている。前日から何時間もガラを炊き込み、温度管理に神経をすり減らすスープはまさに「仕込みの塊」だ。パスタのソースの方がよっぽど注文後にサッと仕上げられるものが多い。

それなのに、なぜ価格の評価が逆転するのか? 答えは「提供している体験価値(空間と時間)」の違いにある。

  • イタリアン: ゆったりした席、空間、会話、食後の余韻を含めた「時間」を買っている。

  • ラーメン: カウンターで10分でズバッと啜って出る「短時間の日常食」として脳が処理している。

どれだけ出汁にコストや手間をかけようが、客が「短時間の食事」と認識しているフォーマットのまま単に値札だけをパスタ並みに引き上げれば、割高感だけが残って見切られるのは当然の帰結だな。

「味」を決めるのは舌ではなく、空気と器と演出だ

料理の「旨さ」を決めているのは、舌の味覚なんてほんの一部分だ。残りの大半は目から入る視覚や空間の空気感、つまり「認知(プラシーbo効果)」が支配している。

ラーメン屋なら、無理におしゃれなカフェ風にするよりも、湯気が立ち込める店内、ドカンと置かれた寸胴鍋、熱気のある雰囲気の方が客の脳内で勝手に「ここは旨い店だ」とスイッチが入る。実際のところ、現代の業務用スープの完成度は凄まじく、店内に大きな寸胴を置いて香りや油脂の仕上げだけを工夫すれば、素人が店舗でイチからガラを炊くよりブレのない旨いスープが出来上がる。

器もそうだ。プラスチックの軽い器で出されるのと、ずっしりした陶器で出されるのとでは、脳が感知する旨味の深さがまったく変わる。

「旨いものを作れば売れる」のではない。「どう見せて、どう感じさせるか」までデザインして初めて、料理は完結する。

ネーミングは「持ち帰れるお土産」である

そして、全体を決定づけるのが「ネーミング」だ。

昔、まだパエリャやイカ墨が世の中に浸透していない頃にスペイン料理を出した時のこと。ただの「スペイン風炊き込みご飯」や「イカ墨パスタ」として出しても、客の脳内では「珍しいご飯」「生臭そうな黒い麺」で止まってしまう。

そこで、『ピカソのパエリャ』『セルバンテスのパエリャ』と名付けたり、イカ墨パスタを『印刷工のスパゲッティ』(インバウンドや職人が手や口を黒くして食べたイメージから)、やさしい味のパスタを『マリアのスパゲッティ』と名付けたりした。

「印刷工って何?」と客が興味を持ち、店側と会話が生まれる。そのやりとり自体が極上の外食体験になるわけだ。

塩ラーメンだって同じだ。単に「塩ラーメン」と書けば「あっさりした物足りないもの」と思われがちだが、原料の情景や澄んだスープの深さを言葉で表現し、メニューの最初にシズル感あふれる大きな写真と並べれば、客は食べる前から納得して財布を開く。

そして何より、ネーミングの最大の役割は「お土産(記憶の持ち帰り)」になることだ。

料理の味そのものは時間とともに記憶から薄れていくが、鮮烈なネーミングは「言葉のパッケージ」として頭に残り続ける。 「今日、〇〇って店で『印刷工のスパゲッティ』食べてさ」と人に語りたくなる口コミネタになり、再訪を引き寄せるフックになる。

デザイナーとしての性分でメニュー表のレイアウトや写真、紙質にも徹底的にこだわってきたが、40年近く経った今でも誰かがブログで当時のメニュー名を覚えて書いてくれているのを見ると確信する。

ビジュアルは直感的に引き込み、本物の味が感動を確定させ、そして「言葉」が記憶を未来へ持ち帰らせる。

料理に絶対的な自信があるからこそ、器や空間、そして言葉という演出が真の価値を持つ。外食ビジネスの面白さと本質は、昔も今も変わらずそこにある。

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