なぜ捕まると分かっていて凶行に及ぶのか。福岡のネパール人女性殺害事件
福岡で起きたネパール人女性の殺害事件。ニュースを読めば読むほど、その歪んだ構図に言葉を失ってしまう。
交際トラブルを背景に、逮捕された女が首謀者となって知人らを巻き込み、被害者が一人になるタイミングを狙って襲撃したとされる計画的な犯行だ。
防犯カメラやスマホの位置情報、防犯ネットワークがこれだけ張り巡らされた現代において、警察の捜査から逃げ切れるはずがないことは火を見るより明らかなのに、なぜこんな単純な犯罪に走ってしまうのか。
客観的に見れば、逮捕されて一生を棒に振るリスクしかなく、まったく理解しがたい。だが、当事者たちは強い嫉妬や怨恨という感情の暴走、あるいは複数人で企てる中での歪んだ万能感に呑み込まれ、正常な判断力が完全に麻痺していたのだろう。
第三者の冷徹な目で見ればあまりにも愚かで悲惨な事件。
理不尽に命を奪われた被害者の無念を思うと、本当に後味が悪い。
ネパールには知人が3人いるし、先日の土砂災害もあったし、なんだかこんなことで身近になるのは悲しいいな。
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